📝 この記事を書いた人
とっち(理学療法士)
回復期リハビリテーション病院に勤務して18年目。
🏅脳卒中専門理学療法士 🏅3学会合同呼吸療法認定士
学会発表・論文投稿の経験もあり、現場での臨床経験をもとに、エビデンスに基づいたリハビリ情報をわかりやすくお伝えしています。
「麻痺した足を鍛えても、筋肉ってつくんですか?」
ある日の訓練室で、50代の男性患者さんにそう聞かれました。脳梗塞を発症して1ヶ月ちょっと。右半身に麻痺が残っていて、本人はかなり不安そうな顔をしていました。
正直に言うと、18年この仕事をしていても、この質問を受けるたびに「どう答えるのが一番伝わるかな」と毎回ちょっと考えてしまうんです。「大丈夫ですよ」と言うのは簡単なんですけど、それだと何も説明できていない気がして。
実際のところ、脳卒中後の麻痺側への筋トレに対する考え方は、ここ数年でかなり変わってきています。以前は「麻痺側に負荷をかけると痙縮が悪化する」と言われることが多くて、現場でも慎重な空気がありました。でも今はエビデンスの積み重ねで、その常識がだいぶ塗り替えられてきています。
この記事では、そのあたりを現場目線でわかりやすくまとめてみました。
脳卒中後の筋トレ|麻痺側へのアプローチ
「脳卒中後に筋トレなんてできるの?」「麻痺した手足を鍛えても大丈夫なの?」——回復期リハビリ病院で働いていると、ご本人やご家族からこうした質問をよく受けます。
かつては「麻痺側に負荷をかけると痙縮(筋肉のこわばり)が悪化する」という考え方が一般的でした。しかし近年の研究では、適切な方法で行うレジスタンストレーニング(筋力トレーニング)は、麻痺側の筋力・歩行・バランス機能の改善に役立つことが分かってきています[1]。
この記事では、理学療法士としての臨床経験と最新のエビデンスをもとに、脳卒中後の麻痺側に対する筋トレの考え方・具体的な方法・注意点を分かりやすく解説します。
💬 現場でのエピソード
「麻痺した足は、もう鍛えても意味がない。」
脳卒中後の患者さんから、このような言葉を聞くことがあります。
ある60代の男性も、脳出血後に右片麻痺を呈し、回復期リハビリ病棟へ入院されました。初回評価では右下肢のBrunnstrom Recovery StageはⅢレベルで、10m歩行は24秒を要していました。
ご本人は「右足は感覚もないし、力を入れても動かないから鍛えても意味がない」と話され、麻痺側を使うことに消極的でした。
しかし詳しく評価すると、足関節の随意運動は乏しいものの、股関節を後ろへ伸ばす動きや殿筋群の収縮は比較的保たれていました。
そこで、立ち上がり練習やブリッジ運動、麻痺側へしっかり体重を乗せる練習を中心にリハビリを進めました。
最初は「本当に右足を使えているのかな」と半信半疑でしたが、約1週間後には、
「お尻に力が入っている感じがします。」
と話されるようになりました。
さらに約3週間後には10m歩行は24秒から17秒まで改善し、歩行観察でも麻痺側で身体を支える時間が長くなりました。
「前より右足に体重を乗せるのが怖くなくなりました。」
その言葉がとても印象に残っています。
もちろん、この改善は特定の運動だけによるものではなく、歩行練習やバランス練習などを含めたリハビリ全体の積み重ねによる結果です。
この患者さんを通して改めて感じたのは、「麻痺側=何もできない」ではないということでした。
脳卒中では麻痺の程度によって使える筋肉は異なります。しかし、足首が動きにくくても、股関節や殿筋群など、十分に働かせられる筋肉が残っていることは少なくありません。
だからこそ大切なのは、「動かないところ」だけを見るのではなく、「今できる動き」を見つけ、その可能性を少しずつ広げていくことだと感じています。
※プライバシー保護のため、症例内容は一部変更・再構成しています。
脳卒中後に筋トレが必要な理由
脳卒中を発症すると、脳から筋肉への指令がうまく伝わらなくなることで、麻痺側の筋力低下(運動麻痺)が生じます。さらに、入院による安静期間が長くなると「廃用性筋萎縮」と呼ばれる、使わないことによる筋肉のやせ細りも加わり、筋力低下が二重に進行してしまいます。
世界では年間およそ1400万人が脳卒中を発症するとされており、筋力低下とそれに伴う身体機能障害は、回復の度合いを左右する重要な要因の一つとされています[2]。だからこそ、麻痺側・非麻痺側を問わず、できる範囲での筋力トレーニングを早期から取り入れることが重要なのです。
「筋トレで痙縮が悪化する」は本当?

脳卒中後遺症の一つに「痙縮(けいしゅく)」があります。これは筋肉が過剰に緊張し、こわばってしまう症状です。「筋トレをすると痙縮が悪化するのでは」と心配される方も多いのですが、痙縮のある脳卒中患者さんを対象とした研究をまとめたレビューでは、適切なレジスタンストレーニングによって痙縮が悪化するどころか、むしろ改善傾向が見られたという報告もあります。さらに筋力・歩行・バランスといった機能面でも改善が確認されています[1]。
もちろん、自己判断で強い負荷をかけるのは禁物です。痙縮の程度や全身状態によって適切な方法は異なるため、必ず担当の理学療法士や医師の指導のもとで行うようにしてください。
麻痺側へのアプローチ:基本の考え方
① 動く筋肉から始める
麻痺の程度には個人差があり、手足の先端は動かしにくくても、股関節やお尻、肩周りなど体に近い部分(近位筋)は比較的動かしやすいケースが多くあります。まずは「今、力を入れられる筋肉」を見つけ、そこから鍛えていくことが現実的なスタートラインになります。
② 立ち上がり動作を活用する
椅子からの立ち上がり(Sit-to-Stand)は、太もも前面の筋肉(大腿四頭筋)やお尻の筋肉(殿筋群)を、日常生活に直結した形で鍛えられる優れた運動です。実際に、週3回・8週間の立ち上がりトレーニングを行ったランダム化比較試験では、筋肉の構造や機能面での改善が報告されています[3]。
麻痺側の足にも体重が乗るよう意識しながら、手すりや机につかまって安全に行うことがポイントです。
③ 「努力量」を意識する
筋肉を鍛えるうえで重要なのは、必ずしも「重い負荷」そのものではなく、「その筋肉にどれだけしっかり意識を向け、力を入れられているか」という努力量や、筋が伸ばされた状態での負荷のかけ方です[4]。麻痺側では強い負荷をかけられないことが多いですが、軽い負荷でも「効いている部位」に意識を向けながら丁寧に動作を行うことで、十分なトレーニング効果が期待できます。

| 麻痺側で取り入れやすい運動 | 主に鍛えられる部位 | ポイント |
|---|---|---|
| 椅子からの立ち上がり | 大腿四頭筋・殿筋群 | 麻痺側にも体重を乗せる意識 |
| お尻上げ(ブリッジ) | 殿筋群・体幹 | 仰向けで安全に実施可能 |
| セラバンドを使った肩・肘の運動 | 肩関節周囲筋・上腕筋群 | 軽い負荷から段階的に |
| ハンドグリップ・指の運動 | 前腕・手指の筋肉 | 握る・開くを繰り返す |
電気刺激(EMS)を併用するという選択肢
麻痺側ではうまく力が入らず、自分の意思だけでは目的の筋肉をしっかり収縮させるのが難しいことがあります。そうした場合、電気刺激(EMS:Electrical Muscle Stimulation)を併用するという方法もあります。電気刺激によって筋肉を外部から収縮させることで、運動麻痺の改善に向けたアプローチの一つとして活用されており、実際の臨床場面でも自主トレーニングの補助として取り入れられることがあります。
ただし、電気刺激はあくまで「補助」であり、自分で動かす意識(自動運動)と組み合わせることが重要です。皮膚の状態やペースメーカーの有無などによって使用できない場合もあるため、導入を検討する際は担当の理学療法士に相談してください。
📖 18年目だから言える話:「健側ばかり鍛えてた」と気づいた日
入院から2ヶ月ほど経った70代の女性患者さんのことです。脳梗塞後の左片麻痺で、歩行はT字杖でなんとか病棟内を移動できるくらいまで回復していました。ADL(日常生活動作)全般の向上を目標に、私はほぼ毎日、麻痺側の左下肢への筋力強化を一緒に取り組んでいました。
ところが3週目に入ったある朝、廊下を歩いているのをたまたま横から観察していて、あることに気づいてしまったんです。右足(非麻痺側)を踏み出すとき、膝が内側にがくっと崩れる瞬間がある。いわゆる「膝折れ」の手前のような動きで、本人も「なんか右側がふらつく気がするんよね」と以前から言っていたのに、私はずっと「気のせいかも」と流していました。
測定してみたら非麻痺側の大腿四頭筋の筋力は、実は麻痺側とほぼ同レベルまで落ちていました。麻痺側のリハビリに意識が向きすぎて、健側の廃用をまったく見落としていたんです。正直、かなり焦りました。18年やってきてこれか、と。
そこから非麻痺側の筋力強化を並行して取り入れると、2週間ほどで歩行時の安定感が目に見えて変わりました。「先生、なんか昨日より踏ん張れる気がする」と本人が言ったとき、ちょっと複雑な気持ちになったのを今でも覚えています。もっと早く気づいていれば、と。麻痺側ばかりに目を向けがちなのは、経験を積んだPTでも陥るクセなんだと、この方に教えてもらいました。
非麻痺側の筋トレも大切
麻痺側へのアプローチに注目が集まりやすいですが、非麻痺側(健側)の筋力維持・向上も同様に重要です。歩行や立ち上がりでは非麻痺側が体を支える主役となるため、ここが弱ってしまうと全体の活動量が低下してしまいます。麻痺側・非麻痺側どちらも、バランスよくトレーニングを継続していくことが回復期リハビリの基本方針です。
❓ よくある質問(Q&A)
Q1. 自宅でも麻痺側の筋トレを続けた方がいいですか?
A. はい、継続が非常に重要です。ただし、自己判断で負荷を強めたり、新しい運動を始めたりするのは避け、退院前に担当の理学療法士から自宅でできる運動メニューの指導を受けるようにしてください。痛みやしびれの増悪、急な脱力感などがあれば、無理せず中止して相談しましょう。
Q2. 麻痺側が全く動かない場合、筋トレは意味がないですか?
A. 完全に動かない場合でも、関節を動かす「他動運動」や、健側の運動に合わせて麻痺側の筋肉に意識を向ける練習には意味があります。また、麻痺側に近い体幹や肩甲帯など、間接的に関わる筋肉を鍛えることで、全身の活動性やバランス能力の維持につながります。諦めずに、専門職と一緒に「今できること」を探していくことが大切です。
まとめ
- 脳卒中後の麻痺側でも、適切な方法であれば筋力トレーニングは安全かつ有効
- 「動く筋肉から始める」「立ち上がり動作を活用する」「努力量を意識する」が基本
- 痙縮があっても、専門職の指導のもとで行えば機能改善につながる可能性がある
- 麻痺側だけでなく非麻痺側のトレーニングもバランスよく継続することが大切
- 自己判断ではなく、必ず担当の理学療法士・医師と相談しながら進める
参考文献
- Chacon-Barba JC, et al. Effects of Resistance Training on Spasticity in People with Stroke: A Systematic Review. Brain Sci. 2024;14(1):57.
- Noguchi KS, et al. Optimal parameters of resistance training for stroke recovery: A scoping review. PLoS One. 2023.
- Lizama-Perez R, et al. Chair stand training program effects on thigh muscle cross-sectional area in older women. 2023.
- Wolf M, et al. Optimizing Resistance Training Technique to Maximize Muscle Hypertrophy. J Funct Morphol Kinesiol. 2024;9(1):9.
- Eraifej J, et al. Effectiveness of upper limb functional electrical stimulation after stroke for the improvement of activities of daily living and motor function: a systematic review and meta-analysis. Syst Rev. 2017;6:40.(電気刺激療法に関する代表的レビュー)
本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の症状の診断・治療を目的としたものではありません。麻痺側へのアプローチを含む運動療法は、症状や体調によって適切な方法が大きく異なります。実際にトレーニングを行う際は、必ず主治医や担当の理学療法士などの専門職にご相談のうえ、安全な範囲で行ってください。
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