この記事を書いた人:とっち
回復期リハビリテーション病院 勤務18年目の理学療法士。
脳卒中専門理学療法士・3学会合同呼吸療法認定士の資格を保有し、学会発表や論文投稿の経験も持つ。
現場での臨床経験をもとに、エビデンスに基づいたリハビリ・健康情報をブログ「リハビリと身体のケアラボ」で発信中。
握力が5kg下がると、死亡リスクが16%上がる。
この数字、初めて文献で見たとき、けっこう衝撃だったんですよね。「握力って、手の話じゃないの?」って。でも現場で18年やってると、じわじわ腑に落ちてくるものがあって。入院されてくる患者さんの握力を測ると、全身の回復スピードとなんとなく重なるんです。握力が低い方は、だいたい足腰も落ちてるし、栄養状態もよくないことが多い。握力って、全身の「今の状態」を映す鏡みたいなものなんですよね。
この記事では、握力と健康の関係を現場目線でお伝えしながら、自宅でできる具体的なトレーニング方法まで紹介します。「握力なんて気にしたことなかった」という方にこそ、読んでほしい内容でして。
握力トレーニングが全身の健康に与える影響|理学療法士が解説
「握力なんて、ペットボトルのふたが開けられれば十分」——そう思っている方も多いのではないでしょうか。しかし近年の研究では、握力は単なる「手の力」ではなく、全身の健康状態や将来の寿命を予測する重要な指標であることが明らかになってきています。
私は回復期リハビリテーション病院で18年にわたり、脳卒中や骨折、内部疾患など様々な患者さんのリハビリに携わってきました。その中で印象的だったのは、握力が強い患者さんほど、立ち上がりや歩行などの全身動作の回復もスムーズな傾向があるということです。逆に、入院当初に握力が極端に低かった方は、栄養状態や全身の筋力低下(サルコペニア)が進んでいるケースが多く、リハビリの進み方にも時間がかかる印象がありました。これは経験的な感覚ですが、実際に研究データからもその関連性が示されています。
この記事では、握力トレーニングが全身の健康にどのような影響を与えるのか、最新の研究をもとに分かりやすく解説します。
📋 この記事でわかること
- 握力が「全身の健康指標」と言われる理由
- 握力と死亡リスク・健康寿命との関係
- 握力を鍛えるとどんなメリットがあるのか
- 自宅でできる握力トレーニングの方法
- 握力トレーニングの注意点
握力が「全身の健康のバロメーター」と言われる理由
握力は、上肢の筋力だけを反映しているわけではありません。握力が強い人は、太もも(大腿四頭筋)や背中の筋力も強い傾向があることが知られており、握力は全身の筋力を推測する代表的な指標として、医学研究や健康調査で広く使われています[1]。
そのため、握力測定は特別な機器を必要とせず、握力計だけで全身の筋力レベルをおおまかに把握できる「簡易スクリーニング」として、健診や老年医学の研究で重視されているのです。
赤筋・白筋の視点から見た握力
筋肉には、瞬発的な力を発揮する「速筋(白筋)」と、持久力に優れた「遅筋(赤筋)」があります。握力は主に前腕の筋肉によって発揮されますが、これらの筋肉も加齢とともに筋線維が萎縮し、特に瞬発力を担う速筋が優先的に萎縮しやすいことが分かっています。これは下肢の筋肉でも同様に起こる現象で、握力の低下は、全身で進行している筋萎縮(サルコペニア)のサインの一つと捉えることができます。
握力と死亡リスク・健康寿命の関係
握力と健康に関する研究の中でも、特に注目されているのが「握力と死亡リスク」の関連です。
2026年に発表された米国の研究では、63〜99歳の高齢女性5,472人を平均8.4年間追跡した結果、握力が約7kg(15ポンド)高いごとに、死亡リスクが12%低下するという関連が示されました[2]。同様に、椅子からの立ち上がり動作が速い人ほど死亡リスクが低いことも報告されています。
💡 ポイント
この研究では「握力」と「立ち上がりの速さ」という、特別な機器を使わずに測定できる2つの項目が使われています。研究者は、高齢者が筋力を保つために必ずしもジムに通う必要はないとしつつ、トレーニングを始める際は医師に相談し、理学療法士などの専門家の助言を受けることを推奨しています[2]。
また、日本人を対象とした最新の研究(2025年)では、左右の握力に差(非対称性)がある人ほど、全死因死亡リスクが高い傾向があることも報告されています[3]。握力は「強さ」だけでなく「左右のバランス」も健康状態と関連している可能性があるのです。
握力トレーニングで期待できる効果

| 期待できる効果 | 内容 |
|---|---|
| 前腕・握力の向上 | 瓶のふたを開ける、買い物袋を持つなどの日常動作がしやすくなる |
| 転倒予防への寄与 | 手すりや物につかまる際の保持力が向上し、とっさの対応がしやすくなる |
| 全身運動への意欲向上 | 手軽に取り組めるため、運動習慣そのもののきっかけになりやすい |
| 血流促進・ストレス緩和 | 握る・緩めるという動作が前腕の血流を促し、リフレッシュ効果も期待される |
一方で、注意しておきたい点もあります。身体トレーニング全般が成人の握力に与える影響を検討した報告では、高齢者を対象とした研究のメタ解析において、握力自体への効果は標準化平均差0.3未満と、決して大きくはないことも示されています[4]。つまり、「ハンドグリップを握れば握力が劇的にアップする」というよりは、全身運動の一部として取り入れることで、握力を含めた全身の筋機能の維持につながると捉えるのが現実的です。
自宅でできる握力トレーニングの方法
①ハンドグリップ(ハンドグリッパー)を使う方法
最も手軽な方法が、握力強化用のハンドグリップを使うトレーニングです。テレビを見ながら、散歩中など「ながら」でできるのがメリットです。
- 最大握力の50〜70%程度の負荷を選ぶ
- 1セット10〜15回、1日2〜3セットを目安に
- 強く握りこんだ後は、しっかり指を開いて緩める動作も意識する
⚠️ 注意
負荷が強すぎるハンドグリップを無理に握り込むと、手首や前腕の腱に負担がかかり、腱鞘炎などのリスクが高まります。「ギリギリ握れる」ではなく、「余裕を持って10回以上繰り返せる」負荷を選びましょう。
②タオルや手ぬぐいを使う方法
器具がなくても、タオルを強く握り込む・絞るような動作を繰り返すだけでも前腕への刺激になります。お風呂上がりにタオルを絞る動作を、いつもより少し強めに、ゆっくり行うだけでも立派なトレーニングになります。
③物を「持つ・運ぶ」動作を活用する
買い物袋やペットボトルなど、日常で持つものを使って、少し長めに保持する時間をつくるのも効果的です。例えば、買い物袋を持つ際にいつもより数十秒長く持ち続けるだけでも、握力・前腕筋への刺激になります。
筋トレ全般において、機械的な張力(筋が力を発揮しながら伸張・収縮すること)の大きさは、使用する重量だけで決まるわけではなく、「努力量」や「保持時間」も重要な要素であることが報告されています[5]。日常生活の中で「少しだけ強く・少しだけ長く」を意識することが、握力維持につながります。
Q&A:握力トレーニングについてよくある質問
Q1. 握力トレーニングは毎日やってもいいですか?
A. ハンドグリップやタオルを使った軽い負荷のトレーニングであれば、毎日行っても問題ないケースが多いです。ただし、手首や前腕に痛みや張りが続く場合は、1〜2日休息を入れましょう。筋トレ全般において、強い負荷で追い込むトレーニングには適切な休息日が必要とされていますが、握力トレーニングのような軽負荷の運動は、日常生活動作の延長として取り入れやすいのが特徴です。
Q2. 握力が弱いと、将来どんなリスクがありますか?
A. 握力の低下は、全身の筋力低下(サルコペニア)や、転倒・骨折リスクの増加、将来的な要介護リスクの増加と関連することが報告されています。先述の研究のように、握力は死亡リスクとの関連も示されており[2]、「握力が弱い=将来のリスクが高い」と短絡的に考える必要はありませんが、全身の筋力低下のサインとして早めに気づくきっかけになるという点で、握力は重要な指標といえます。
📝 現場からの話|18年目の理学療法士より
少し前のことですが、冬の入院が多くなる時期のことです。年明けに大腿骨骨折で入院されてきた80代の女性患者さんのことが、今でも頭に残っています。
入院当日に握力を測ったら、右が8kg、左が6kgでした。私が担当してきた同年代の患者さんのなかでも、かなり低い数値でした。本人は「もともと手の力は弱いのよ」とケロッとしていましたが、正直なところ「これは先が長くなるな」と思いました。
その予感は当たっていて、最初の2〜3週間は立ち上がりの介助量がなかなか減らず、こちらが促しても「無理無理」と首を振るばかりでした。教科書的には骨折後の廃用進行を防ぐため早期離床が基本なのですが、本人の意欲が上がらないと、どうにもこちらの思い通りには進みません。
ある日、ベッドサイドで何気なく話していると、「孫が春に中学に入るから、入学式だけは行きたい」とおっしゃいました。3月の話でした。入院は1月末。2か月を切っていました。そのとき初めて、この方の顔に力が入ったような気がしました。
そこからリハビリが変わりました。歩行練習だけでなく、「孫の手を引けるように」という目標を共有してから、グリップ練習(タオルを絞る動作や、バーを握っての立ち上がり)を少しずつ取り入れていきました。退院前の握力測定では右が13kg、左が11kgまで回復していました。
それでも「全国平均から見ればまだ低い数値」ではあります。ただ、退院後に家族から「入学式に間に合いました」という連絡をいただいたとき、握力の数字よりずっと大事なものがあると改めて思いました。握力トレーニングは確かに意味がある。でも、それが「何のための力か」という目的が見えていないと、なかなか続かないんですよね。
まとめ
- 握力は全身の筋力を反映する「健康のバロメーター」として注目されている
- 握力が強いほど死亡リスクが低い傾向が、複数の研究で報告されている
- 握力トレーニング単体の効果は大きくないが、全身運動と組み合わせることが重要
- ハンドグリップ・タオル・日常動作の工夫など、自宅で手軽に取り組める方法は多い
- 負荷が強すぎるトレーニングは腱への負担に注意し、無理のない範囲で継続することが大切
握力は、特別な道具がなくても日常生活の中で意識するだけで変化が期待できる部位です。「ペットボトルのふたを開けるのが大変になってきた」「タオルを絞る力が弱くなった気がする」——そんな小さな変化に気づいたときが、握力トレーニングを始めるよいタイミングかもしれません。
※本記事は一般的な健康情報の提供を目的としており、特定の症状や疾患の診断・治療を目的としたものではありません。持病がある方、運動に不安のある方は、トレーニングを始める前に医師や理学療法士などの専門家にご相談ください。本記事の情報により生じた結果について、当ブログは責任を負いかねます。
参考文献
- Leong DP, Teo KK, Rangarajan S, et al. Prognostic value of grip strength: findings from the Prospective Urban Rural Epidemiology (PURE) study. Lancet. 2015;386(9990):266-273. doi:10.1016/S0140-6736(14)62000-6
- LaMonte MJ et al. Grip Strength, Chair-Rise Time, and Mortality Risk in Older Women. JAMA Network Open, 2026.
- 握力の左右差と死亡リスクの関連. Archives of Gerontology and Geriatrics, 2025;105969. doi:10.1016/j.archger.2025.105969
- Akbaş A. Hand-Focused Strength and Proprioceptive Training for Improving Grip Strength and Manual Dexterity in Healthy Adults: A Systematic Review and Meta-Analysis. J Clin Med. 2025;14(19):6882. doi:10.3390/jcm14196882
- Roberts MD et al. Mechanisms of Mechanical Overload-Induced Skeletal Muscle Hypertrophy. Physiol Rev 2023;103:2679-2757.
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