✍️ この記事を書いた人
とっち|理学療法士(PT)/回復期リハビリテーション病院勤務18年目
🏥 脳卒中認定理学療法士 / 3学会合同呼吸療法認定士
📝 学会発表・論文投稿経験あり|ブログ「リハビリと身体のケアラボ」運営
※本記事は医療・介護の専門知識と現場経験をもとに執筆しています。
📝 現場エピソード
正直に言うと、私、移乗指導を失敗したことがあるんです。
入職4年目の秋のことで、70代の脳梗塞後の男性患者さん——体重は82kg——の退院前に、奥さんへ移乗の手順を説明した時のことです。私なりに丁寧に教えたつもりだったんですが、退院から2週間後の外来フォローで奥さんが一言、「先生、私もう腰がおかしくて……」とぽつっとおっしゃって。顔が青白かったのを今でも覚えています。
話を聞いたら、毎朝のベッドから車椅子への移乗を、ほぼ抱き上げる形でやり続けていたと。私の説明が「支えてあげてください」という曖昧なものだったせいで、奥さんは「しっかり持ち上げないといけない」と思い込んでいたんです。完全に私の指導ミスでした。
それ以来、「支える」じゃなくて「こういう姿勢で、足をここに置いて」と、動作を分解して具体的に伝えるようにしています。ボディメカニクスって、知っているだけじゃだめで、「どう伝えるか」がめちゃくちゃ大事なんですよね。
「ベッドから車椅子へ移す時、毎回腰が痛くなる」「うまく支えられなくて、親を怖がらせてしまった」——在宅介護を始めた家族から、こんな声をよく耳にします。移乗介助(いじょうかいじょ)は、一見シンプルな動作に見えますが、やり方を誤ると介護者の腰痛・被介護者の転落事故につながる、とても重要な技術です。
この記事では、回復期リハビリ病棟で18年間、退院前に家族へ移乗指導をしてきた理学療法士の視点から、家庭でもすぐに実践できる移乗・移動介助の基本と注意点をわかりやすく解説します。道具の選び方・腰痛予防のコツもまとめていますので、ぜひ最後までお読みください。
📋 目次
- 移乗介助とは?移動介助との違い
- 家族が腰痛になりやすい理由——現場から見えること
- ボディメカニクスの基本8原則
- ベッド→車椅子への移乗介助:ステップ別手順
- 車椅子→トイレ・ソファへの移乗のコツ
- 移動介助(歩行・車椅子)の基本と注意点
- 家族介護に役立つ福祉用具4選
- 【Q&A】移乗介助でよくある疑問
- まとめ
🔄 移乗介助とは?移動介助との違い
まず用語の整理をしておきましょう。混同しやすい2つの言葉です。
| 用語 | 意味 | 例 |
|---|---|---|
| 移乗介助 | ある場所から別の場所へ「乗り移る」動作の介助 | ベッド↔車椅子、車椅子↔トイレ、ベッド↔ポータブルトイレ |
| 移動介助 | ある場所から別の場所へ「移動する」動作の介助 | 歩行補助、車椅子を押す、廊下の移動 |
どちらも毎日何度も繰り返す動作であり、正しい技術がないと介護者・被介護者の双方に負担がかかります。特に移乗介助は「瞬間的に体重を支える」必要があるため、腰への負荷が大きく、家族介護における腰痛の主な原因の一つです。
😰 家族が腰痛になりやすい理由——現場から見えること
🏥 現場エピソード
「私も施設で見ていたので、大丈夫です。」
退院前カンファレンスで、息子さんは笑顔でそう話してくださいました。
お母さんは脳卒中後に左片麻痺が残り、回復期病棟でリハビリを続けていました。退院後は息子さんが主な介護者になる予定で、介助方法についても一緒に確認していました。
その言葉を聞いて、私は「しっかり見学されていたんだな」と安心してしまいました。
ところが、退院から3か月後の訪問で、その認識は大きく変わりました。
「最近、腰が限界なんです……。」
そう打ち明けてくださった息子さんに、普段の移乗介助を見せていただくことにしました。
すると、お母さんに身体を近づけることなく、前かがみになって腕の力と腰だけで抱き上げるように介助されていました。
施設スタッフの動きを見て覚えたつもりでも、細かな重心移動や身体の使い方までは伝わっていなかったのです。
その場で、患者さんにしっかり身体を近づけること、重心移動を利用すること、ご本人にできる動きはできるだけ使っていただくことを一緒に練習しました。
数週間後には、
「前よりずいぶん楽になりました。」
と笑顔で話してくださいました。
この経験以来、私は退院前カンファレンスで「分かりましたか?」とは聞かなくなりました。
その代わり、
「一度やってみましょう。」
と、ご家族自身に実際の介助を行っていただくようにしています。
説明を聞くことと、実際にできることは、決して同じではありません。
介護経験のないご家族にとって、最初の介助は不安だらけです。
だからこそ、退院前に「できるつもり」を「本当にできる」に変える時間が必要なのだと、この息子さんから改めて教えていただきました。
厚生労働省の調査では、介護・看護作業による腰痛は社会福祉施設での発生件数が増加し続けており、保健衛生業の腰痛発生率は全業種平均の約2.5倍に達しています1。
家族が腰痛になりやすい主な理由はこちらです。
- 「抱き上げる」動作が腰に集中的な負荷をかける
- 介護ベッドの高さが適切でなく、中腰になりやすい
- ボディメカニクス(力学的な体の使い方)を知らない
- 「重いから」と気持ちだけで頑張ってしまう
- 福祉用具(スライディングボード・介助ベルト)を使っていない
まず「抱き上げない」という考え方が介護腰痛予防の第一歩です。
💪 ボディメカニクスの基本8原則
ボディメカニクスとは、人体の力学的な特性を活かして、少ない力で安全に介助を行う技術のことです。理学療法士・作業療法士・介護職が必ず習う基礎知識です。

原則① 支持基底面を広くとる
足を肩幅より少し広めに開き、安定した土台をつくります。足を閉じた状態は不安定で転倒リスクが高まります。
原則② 重心を低く保つ
膝を軽く曲げて腰を落とすことで、重心が下がり安定します。立ったまま腰だけを曲げるのは厳禁です。
原則③ 介護される方との距離を近くする
相手の体を自分の体に引き寄せてから動作します。距離が遠いほど腰への負担は指数関数的に増えます。
原則④ 相手の体をコンパクトにまとめる
腕を胸の前で組んでもらう、足を揃えてもらうなど、体を小さくまとめると動かしやすくなります。
原則⑤ 大きな筋肉を使う
腰の小さな筋肉ではなく、太ももや背中など体の大きな筋肉を活用します。「脚で持ち上げる」イメージです。
原則⑥ 押すより引く・持ち上げるより滑らせる
体を浮かせて持ち上げるのではなく、摩擦を減らして「滑らせる」動作にします。スライディングボードはこの原則の活用です。
原則⑦ 体をねじらない
腰をひねった状態でのケアは腰椎ヘルニアの原因になります。体全体を向けて対応しましょう。
原則⑧ 移乗は「高いところ→低いところ」へ
ベッドを車椅子より少し高く設定し、重力を利用して体を移します。持ち上げる必要がなくなり、劇的に楽になります2。
🛏️ ベッド→車椅子への移乗介助:ステップ別手順
最も頻度が高く、かつリスクも高い「ベッドから車椅子」への移乗手順を詳しく解説します。

【事前準備】移乗前の環境チェック
⚠️ 準備なしの移乗が最も危険!必ず確認を
- 車椅子のブレーキをかける(両輪)
- フットレスト(足置き)を跳ね上げるまたは外す
- アームレスト(肘置き)を外せるタイプは外す
- ベッドの高さを車椅子の座面より5〜10cm高く調整
- 車椅子の角度:ベッドに対して20〜45度(麻痺のある場合は麻痺側と反対の健側方向に置く)
- 滑り止めマットや介助ベルトなど用具を手の届く位置に準備
【ステップ1】端座位(たんざい)をとる
ベッドの端に座ってもらいます(これを端座位といいます)。足裏が床にしっかりつく高さにベッドを調整し、転落しないよう肩甲骨あたりを支えながら浅く腰掛けてもらいます。
【ステップ2】介護者の姿勢を整える
- 相手の正面やや斜め前に立つ
- 足を前後に開いて安定した姿勢をとる
- 膝を軽く曲げ、腰を落とす(中腰のまま腰を折らない)
- 介助ベルトを使う場合はしっかりグリップを握る
【ステップ3】立ち上がりの介助
「1・2・3」や「せーの」の声かけで、被介護者本人にも立とうとする意識を持ってもらいます。相手の肩甲骨あたりに手を添え、もう一方の手は腰に添えます。持ち上げるのではなく、前方・斜め上方向に誘導するイメージで行います。
【ステップ4】方向転換して座る
立ち上がったら、介護者も一緒に体を回転させます。このとき足先から回転させるのがポイントです。車椅子の座面が足の後ろに来たら、ゆっくりと膝を曲げながら座ってもらいます。
✅ 安全のための声かけポイント
「これから立ちますよ」「足を少し手前に引いてください」「座りますよ、ゆっくり膝を曲げて」——動作の前後に必ず声をかけることで、被介護者が準備でき、突然の動作による転倒・骨折を防ぎます。
🚽 車椅子→トイレ・ソファへの移乗のコツ
トイレへの移乗
トイレは狭くて動きにくい空間です。以下のポイントを意識しましょう。
-
- 手すりを必ず使う(取り付けていない場合は介護保険でリフォーム給付が使えます)
- 車椅子を便器に対して斜め45度に置く
- ズボンの下げは立ち上がる前または後のタイミングで行う
- ポータブルトイレを使う場合はベッドのすぐ横に置き、移動距離を最小にする

立てない方の移乗(スライディングボード使用)
立ち上がりが困難な方には、スライディングボード(トランスファーボード)が非常に有効です。プラスチック製のボードを臀部(おしり)の下に差し込み、滑らせるように横に移動させます。
| メリット | 注意点 |
|---|---|
| ・持ち上げ不要で腰への負担が激減 ・一人でも対応できるケースが増える ・座位が保てる方なら多くの方に使える |
・床ずれ(褥瘡)がある方には不向き ・座位保持ができない方は使用困難 ・初回はPT・OTなど専門家に指導を受ける |
🚶 移動介助(歩行・車椅子)の基本と注意点
歩行介助のポイント
-
- 介護者の立ち位置:原則は被介護者の「斜め後ろ」(麻痺がある場合は麻痺側)
- 腰骨あたりに手を添え、転倒しそうになったら体を自分に引き寄せるイメージで
- 歩行ベルト(介助ベルト)を腰に巻いておくと、とっさの対応がしやすい
- 声かけは「右足から出しましょう」など具体的に
- 歩幅が小さい・すり足の方は段差での転倒に注意

車椅子移動の注意点
| 場面 | 操作のポイント |
|---|---|
| 段差・坂道(上り) | 前から押して登る。後輪を段に当ててティッピングレバーを踏みながら前輪を上げる |
| 坂道(下り) | 必ず後ろ向きで下る。前向きに下ると急に前傾し転落の危険あり |
| 段差(下り) | 後ろ向きにして後輪から下ろし、ティッピングレバーで前輪を浮かせながら下りる |
| エレベーター | 前から入り、後ろから出る(後ろ向きで降りる)が原則。扉の開閉に注意 |
🚨 絶対に守ってほしいこと
車椅子から離れる際は必ずブレーキをかける。ほんの少し目を離した隙に車椅子ごと動いて転落——という事故が在宅介護では多く報告されています。「ちょっとだけ」が一番危険です。
❓ よくある質問(Q&A)
📝 まとめ
この記事のポイント
- 移乗介助は「抱き上げない・高いところから低いところへ」が基本
- ボディメカニクス8原則を意識するだけで腰への負担が大幅に減る
- ベッド→車椅子の移乗は、環境準備・声かけ・姿勢の3つが鍵
- 坂道・段差の車椅子操作は後ろ向き下りが安全の基本
- 介助ベルト(股ベルト付き・らくベル)・スライディングボード・ガードナーベルトの活用で介護者の腰の負担を分散
- わからないことは一人で抱え込まず、訪問リハビリやケアマネに相談する
移乗介助は、毎日何度も繰り返すからこそ、正しい方法を身につけることがとても重要です。最初は難しく感じても、ポイントを意識して練習するうちに自然とできるようになります。何より、あなたの腰が限界を迎えたとき、介護は続けられなくなります。自分の体を守ることが、大切な家族を守ることにもつながります。
ぜひ今日から、一つだけでも取り入れてみてください。
📚 参考文献
- 厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」(2013年改訂). 保健衛生業における腰痛発生状況.
- 竹田幸司(2021)『からだを正しく使った移動・移乗技術』. 中央法規出版.
- 厚生労働省「令和4年 国民生活基礎調査」(2022). 自覚症状の状況(有訴者率).
- 一般社団法人 日本介護福祉士会「介護技術の基礎——移乗・移動介助」.
- ダスキンヘルスレント「スライディングボードの正しい使い方」(2023). https://healthrent.duskin.jp/column/rental/vol37/
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