👤 とっち|理学療法士(PT)
回復期リハビリテーション病院勤務18年目。脳卒中認定理学療法士・3学会合同呼吸療法認定士。心臓リハビリテーション指導士として心不全患者の在宅復帰を多数サポート。学会発表・論文投稿経験あり。ブログ「リハビリと身体のケアラボ」運営。
今でも正直、あのときの判断を後悔してるんですよね。
3月の終わり、退院前カンファレンスの日のことです。80代の男性で、EF(心臓の駆出率)が32%まで落ちていて、入院中はずっと酸素を2L流しながらリハビリしてた方でした。退院前の6分間歩行テストは210m。本人は「もう歩けるから大丈夫」って笑ってて、その表情が妙に自信ありげで、こっちも少し安心してしまったんです。
退院指導で体重管理の話をしたとき、「毎朝ちゃんと量ります」って答えてくれたんですが、実はそのとき本人はスマホを持っていなくて、記録をつける手段がなかった。それを確認しなかったのは完全に私の抜けでした。案の定、3週間後に体重2kgオーバーで再入院。
心不全の在宅管理って、「理解してもらうこと」と「実際にできること」のあいだに、思った以上に大きな溝があるんです。この記事はそのことを踏まえて、できるだけ具体的に書きました。
「心不全って、運動しても大丈夫なんですか?」――退院前の患者さんから、よく聞かれる質問です。かつては「心臓病=安静」というイメージが根強くありましたが、現在のエビデンスはまったく逆のことを示しています。
ただ、心不全には「うっ血が強いタイプ」と「血液の循環量が足りないタイプ(低灌流)」があり、症状の出方はまるで違います。「むくみが出てきた」「なんとなくだるい」「手足が冷たい」――これらは同じ心不全の悪化サインでも、病態によって意味がまったく異なるのです。この記事では、そのパターンの違いを理解した上で、自宅でできるセルフケアと運動療法を具体的にお伝えします。
📋 この記事でわかること
- うっ血型・低灌流型・混合型で症状がどう違うか
- Nohria-Stevenson分類をベースにした自己観察のコツ
- パターン別「受診すべき悪化サイン」の見分け方
- 自宅でできる安全な運動の種類・強度・頻度
- 体重・血圧・塩分管理の具体的な実践法
❶ 心不全の基礎知識|「前方障害」と「後方障害」を知っておこう
心不全は「心臓のポンプ機能が低下し、全身に必要な血液を十分に送り出せなくなった状態」です。しかし、その病態には大きく2種類の方向性があります。
| 障害の方向 | 何が起きているか | 主な症状 |
|---|---|---|
| 後方障害(うっ血) | 心臓が血液をうまく吸い込めず、手前に血液が渋滞する | 息切れ・むくみ・体重増加・夜間の咳 |
| 前方障害(低灌流) | 心臓が血液を十分に送り出せず、全身が血流不足になる | 倦怠感・四肢冷感・ふらつき・意識低下 |
この2つが重なる場合もあれば、どちらか一方が強く出る場合もあります。症状の違いを知っておくだけで、「これは受診が必要なサインかも」と気づける精度がぐっと上がります。
❷ Nohria-Stevenson分類で「自分の病態パターン」を知る
医療現場では、心不全の状態を評価するために Nohria-Stevenson(ノーリア・スティーブンソン)分類 がよく使われます。2003年にNohriaらがHarvard Medical Schoolで提唱したこの分類は、侵襲的な検査なしに身体所見だけで心不全の病態を4つのパターンに分けられる点が特徴で、看護師・理学療法士・作業療法士などコメディカルスタッフも活用できます²。
🗂️ Nohria-Stevenson分類 4つのプロファイル
| プロファイル | うっ血 | 低灌流 | 状態の特徴 |
|---|---|---|---|
| A(Dry & Warm) | なし | なし | 代償できている安定期。このときに継続的なセルフケアが大切 |
| B(Wet & Warm) | あり | なし | うっ血症状が出ている。心不全増悪で最も多いパターン |
| C(Wet & Cold) | あり | あり | うっ血+血流不足の混合型。最重症で緊急性が高い |
| L(Dry & Cold) | なし | あり | うっ血なしで血流が低下。気づかれにくい危険なパターン |
※ 分類の正確な評価は医療職が行います。自己判断での治療変更は行わないでください。
🌊 うっ血が強いとき(Wet)に出やすい症状
血液が心臓の前で渋滞し、肺や静脈系に水分がたまる状態です。
- 😮💨 労作時の息切れ(階段・坂道で特に強くなる)
- 🛏️ 起坐呼吸:寝ると苦しくて、座ると楽になる(夜間、特に深夜2〜3時ごろに目が覚めることが多い)
- 🦵 下腿浮腫:夕方になると足首・ふくらはぎがパンパンになる。靴下の跡がくっきり残る
- ⚖️ 体重増加:2〜3日で1〜2kg増える
- 🤧 夜間の咳・喘鳴:気管支喘息と間違われることもある
- 🍽️ 食欲低下・腹部膨満(腸管にも浮腫が出ると生じる)
・2日間で1kg以上、3日間で2kg以上の体重増加
・横になると息苦しくて眠れない
・足のむくみが急にひどくなった
🩸 低灌流が強いとき(Cold)に出やすい症状
心臓から送り出す血流量が不足し、全身の臓器・組織が「血液不足」になっている状態です。うっ血の症状(むくみや息切れ)が目立たないため、見逃されやすい危険なパターンです。
- 🥶 四肢冷感:手足の先が冷たい。特に指先・足先に顕著
- 😴 強い倦怠感・眠気:「やる気が出ない」「ぼーっとする」など
- 💭 集中力低下・傾眠傾向:脳への血流が落ちることで生じる
- 💉 尿量の減少:腎臓への血流低下により少なくなる
- 📉 血圧低下・脈圧の狭小化(上と下の血圧の差が小さくなる)
- 😵 ふらつき・立ちくらみ
・急にふらつきや立ちくらみが強くなった
・手足が冷たく、いつもより倦怠感が強い
・「なんとなくいつもと違う」という感覚も見逃さないで
❸ 毎日チェックすべき3つの指標
① 体重管理|毎朝の計測が命綱
体内に水分(余分な血漿成分)が貯留すると、心臓への負担が一気に増します。水分貯留は体重として現れるため、毎朝、起床後・トイレ後・朝食前に同じタイミングで計測する習慣が最も重要です。
・2日間で1kg以上の増加
・3日間で2kg以上の増加
→ 主治医・かかりつけ看護師にすぐ連絡を
※ かかりつけ医が個別に指定した基準を最優先してください
② 血圧・脈拍管理|起床後と就寝前の2回計測
| 確認項目 | 注意が必要な状態 |
|---|---|
| 収縮期血圧(上) | 90mmHg未満 / 前日比20mmHg以上の急変 |
| 脈拍数 | 50拍/分未満 または 100拍/分以上 |
| 脈の規則性 | ドクドクと不規則に感じる(脈が飛ぶ感覚) |
③ 症状チェックリスト|「うっ血」と「低灌流」を分けて観察する
症状を「うっ血系」と「低灌流系」に分けて意識するだけで、異変に気づく精度が上がります。
| うっ血系のサイン | 低灌流系のサイン |
|---|---|
| 😮💨 息切れ・呼吸困難 🛏️ 横になると苦しい(起坐呼吸) 🦵 足のむくみ(特に夕方以降) ⚖️ 体重が急増した 🤧 夜間の咳・ゼーゼー 🍽️ 食欲がない・お腹が張る |
🥶 手足が冷たい 😴 異常なだるさ・眠気 💭 頭がぼんやりする 📉 めまい・ふらつき 🚾 尿量が減った 😵 立ちくらみが増えた |
※ 両方の症状が出る「混合型(Wet & Cold)」は最も重症で、緊急受診が必要です。
❹ 心不全患者の運動療法|エビデンスと安全な実践法
日本循環器学会・日本心臓リハビリテーション学会の合同ガイドライン(JCS/JACR 2021年改訂版)では、心不全が安定している時期(プロファイルA相当)の適切な運動療法は、運動耐容能の向上・自律神経機能の改善・再入院率の低下・QOLの改善をもたらすことが示されています¹。また、Long Lら(Cochrane Heart Group)が実施したシステマティックレビューでも、運動ベースの心臓リハビリは心不全患者の再入院リスクを有意に低下させることが確認されています³。
うっ血サイン・低灌流サインのどちらかでも出ているときは運動を中止してください。「体調が普段と違う」と感じたら、まず安静にして様子を観察し、改善しない場合は医療機関に連絡しましょう。
✅ 推奨される運動の種類
| 種類 | 具体例 | 目的 |
|---|---|---|
| 有酸素運動(第一選択) | ウォーキング・水中ウォーキング・自転車エルゴメーター | 心肺機能・運動耐容能の改善 |
| 軽度レジスタンス運動 | 椅子スクワット・踵上げ・セラバンド体操 | 筋力維持・サルコペニア予防 |
| ウォームアップ/クールダウン | ストレッチ・深呼吸・ゆっくりした歩行 | 急激な血圧変動・不整脈の予防 |
🎯 運動強度の目安|ボルグスケール11〜13
心不全患者の運動強度は、主観的運動強度(Borg RPEスケール)の「11〜13(楽〜ややきつい)」が推奨されています。具体的なイメージは以下の通りです。
- ✅ 軽く汗ばむ程度
- ✅ 隣の人と話しながら歩ける(会話テスト)
- ✅ 「ちょっとしんどいかな」と感じる手前
- ❌ 会話しようとすると息が切れる → 強すぎる
週3〜5回、1回あたり20〜30分
準備運動5〜10分 → 運動本体 → 整理運動5分
最初は「1回10分」から始めて少しずつ延ばす
朝夕に15〜20分ずつ分割してもOK
⛔ 運動を中止する症状
- 胸の痛み・強い圧迫感
- 急な強い息切れ・呼吸困難
- 激しい動悸・脈の乱れ
- めまい・ふらつき・冷や汗
- 安静時の脈拍が100回/分以上
❺ 食事管理|減塩と水分コントロール
🧂 減塩は「1日6g以下」が基本目標
塩分1gを摂取すると、約200mLの水分が血管内に引き込まれ、循環血液量が増加して心臓への負担が高まります。日本人の平均食塩摂取量は約10g/日(令和元年国民健康・栄養調査)と言われており、それをほぼ半分に減らすイメージです⁶。
・だし(昆布・かつお)でうまみを補い、薄味でも満足感を
・醤油・ソースは「かける」より「つける」習慣に
・加工食品・インスタント食品・漬物・梅干しは塩分量を確認
・食品ラベルの「食塩相当量」を毎回チェックする
💧 水分管理は主治医の指示に従う
水分摂取量の制限は、心不全の重症度・腎機能・利尿薬の内容によって大きく個人差があります。自己判断で極端に制限するのは危険です。特に夏場は脱水にも注意が必要です。必ず主治医の指示を確認してください。
❻ 現場エピソード|「むくんでないから大丈夫」が一番こわい
冬のある朝のことです。退院後2週間ちょっとが経った、70代の男性のお宅を訪問リハで訪ねました。体重は前日と変わらず、足のむくみも目立たない。パッと見は「調子よさそうだな」って思ったんです。
でも何かが引っかかって。いつもテレビを見ながらよく話す方なのに、その日は「……なんか、ぼーっとするんですよね」って、珍しく静かで。握手したら手がひんやりしてた。
嫌な予感がして、起き上がりのときに血圧を測ったら収縮期が84mmHg。脈圧も狭い。「これ、低灌流が出てる」って直感しました。むくみも息切れも全然なかったのに。
すぐかかりつけ医に連絡して、利尿薬の調整をしてもらって、翌日には安定した。あのとき「体重が増えてないから大丈夫」で終わらせなくてよかった、と今でも思います。
うっ血サインだけを見てると、低灌流型は必ず見落とします。正直、これは18年やってても緊張する場面のひとつです。
※ 個人を特定できないよう内容の一部を変更しています。
❼ Q&A|よくある疑問に答えます
Q. むくみがないのに「心不全が悪化している」ことはありますか?
A. あります。「低灌流型(Dry & Cold)」と呼ばれるパターンがそれです。うっ血の症状(むくみ・息切れ)がなくても、倦怠感・四肢冷感・ふらつき・尿量低下などが出ている場合は要注意です。「むくみがないから安心」は禁物で、こうした非典型的なサインも観察する習慣を持つことが大切です。
Q. 心不全があってもお風呂には入れますか?
A. 安定期(プロファイルAの状態)であれば入浴可能です。ただし、湯温は40℃以下、入浴時間は10分以内が目安です。ヒートショックを防ぐため脱衣所と浴室の温度差を小さくする工夫も大切です。体調が悪い日はシャワーのみ、または清拭に変更してください。うっ血サインや低灌流サインが出ているときは入浴を控え、主治医に相談しましょう。
📝 まとめ
- 🌊 心不全には「うっ血型(Wet)」と「低灌流型(Cold)」があり、症状の出方がまったく異なる
- 👁️ うっ血型 → むくみ・息切れ・体重増加 / 低灌流型 → 倦怠感・四肢冷感・ふらつき・ぼんやり感
- 📋 Nohria-Stevenson分類(A/B/C/L)を知ると、自己観察の精度が上がる
- ⚖️ 毎朝の体重測定が悪化の早期発見に最も有効。2日で1kg増は即連絡
- 🚶 運動はプロファイルAの安定期に、ボルグ11〜13の強度で週3〜5回
- 🧂 減塩1日6g以下が基本。うまみを使って無理なく続ける
- 💊 薬の自己中断は厳禁。安定しているときほど継続が重要
- 🏥 うっ血サイン・低灌流サインのどちらかが出たら、運動を中止して医療機関に相談
📚 参考文献
- 牧田茂ほか(班長). 心血管疾患におけるリハビリテーションに関するガイドライン(JCS/JACR 2021年改訂版). 日本循環器学会・日本心臓リハビリテーション学会. Circ J. 2023;87(1):155-235. doi: 10.1253/circj.CJ-22-0234. URL: https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2021/03/JCS2021_Makita.pdf
- Nohria A, Tsang SW, Fang JC, Lewis EF, Jarcho JA, Mudge GH, Stevenson LW. Clinical assessment identifies hemodynamic profiles that predict outcomes in patients admitted with heart failure. J Am Coll Cardiol. 2003;41(10):1797-804. doi: 10.1016/s0735-1097(03)00309-7. PMID: 12767667.
- Long L, Mordi IR, Bridges C, Sagar VA, Davies EJ, Coats AJS, Dalal H, Rees K, Singh SJ, Taylor RS. Exercise-based cardiac rehabilitation for adults with heart failure. Cochrane Database Syst Rev. 2019;1(1):CD003331. doi: 10.1002/14651858.CD003331.pub5. PMID: 30695817.
- 筒井裕之ほか. 2021年JCS/JHFSガイドラインフォーカスアップデート版 急性・慢性心不全診療. 日本循環器学会・日本心不全学会. 2021年3月. URL: https://www.asas.or.jp/jhfs/pdf/guideline_20220308_1.pdf
- Ponikowski P, Voors AA, Anker SD, et al. 2016 ESC Guidelines for the diagnosis and treatment of acute and chronic heart failure. Eur Heart J. 2016;37(27):2129-2200. doi: 10.1093/eurheartj/ehw128. PMID: 27206819.
- 厚生労働省. 令和元年国民健康・栄養調査報告. 2020年. URL: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/r1-houkoku_00002.html



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